2007年09月22日

ミャンマーの僧侶による反軍政デモ


以前も書いたが、ミャンマー政府は説明不足で無用な混乱を招いているようだ。
事の発端となったのは、政府が2007/8/15に燃料費の値上げを行ったこと。
しかし、今は世界的に原油価格が上昇している。
何もミャンマーに限ったことではなく、世界中で燃料費は値上げしている。
航空会社のサーチャージ料金の高いこと高いこと。。
軍が政権を持っていようと、アウンサンスーチーが政権を持っていようと、値上げせざるを得ないだろう。

しかしながら、軍政府に非が無いとも言い難い。
9/5にパコック(ミャンマー中部の都市)で起こった僧侶のデモを力ずくで阻止している。
このことがアウンサンスーチー率いるNLDに政治的に利用されてしまったようだ。

私は必ずしも軍政府=悪、アウンサンスーチー=善、とは考えていない。

ミャンマー独立後の混乱を経て、1962年〜1988年まで社会主義一党独裁制の国であった。
それを現在の軍政府がクーデターにより暫定政府を樹立した。
1988年当時から現在まで約20年間で、複数政党制の導入、農業生産量の倍増、ASEAN加盟など、軍政府が残した実績はなかなかの物だ。

一方、アウンサンスーチーは1960年にインド大使に任命された母についてインドへ渡る。
以降1988年まで、ずっと海外で暮らし、イギリス人と結婚した。
ミャンマーの社会主義独裁体制を全く体験していない。

よく軍政府への批判としてスーチー女史の軟禁があげられる。
路上で集会を開いたことが軍政府の主張する理由だ。
しかし、全く同じ事を日本でやったとしても、おそらく逮捕されるのではないだろうか。
スーチー女史の自宅はヤンゴンの中でも超高級住宅街にある。
日本で例えるなら、田園調布の住宅街の路上で何万人規模の集会を無届けで行っている事になる。
当然、交通渋滞や騒音などが問題になり、警察の指導があるだろう。
その指導さえ無視し続ければ・・・逮捕されても不思議ではない。


私は民主主義を否定するつもりもなければ、軍事政府を好むわけでもない。
民主化はぜひ推進するべきだと考える。
ここで、1988年以降の民主化を実行したのは、スーチー女史ではなく軍政府だということを忘れてはいけない。
スーチー女史やその背後に外国政府の圧力があったとはいえ、軍政府の実績は正しく評価するべきではないだろうか。


今ミャンマー政府がやるべき事はデモの鎮圧ではない。
現在ミャンマーという国が置かれている状況を国民に説明する事と、今まで政府が行ってきたことのアピールではないだろうか。

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posted by そら at 03:19 | Comment(14) | TrackBack(7) | 徒然
この記事へのコメント
無断で集会といわれていますが、このころは日本では認められている集会の自由が認められていませんでしたから。
更に軍政は民主的な選挙結果に基づく政権移譲を拒んだわけですから、軍が独裁から民主化したというのは…
更に経済政策でもしっかり失敗してますよ。
Posted by ピーウィー at 2007年09月25日 01:08
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無断で集会といわれていますが、このころは日本では認められている集会の自由が認められていませんでしたから。
更に軍政は民主的な選挙結果に基づく政権移譲を拒んだわけですから、軍が独裁から民主化したというのは…
Posted by ピーウィー at 2007年09月25日 01:08
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ミスで二重に投稿してしまいましたm(__)m
Posted by at 2007年09月25日 01:10
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日本で石油の値段が上がっても、せいぜい数% 。 消費税1,2%あがるだけで、ガヤガヤ。 

ある日万札が使えなくなった経験、ものの値段が2倍、3倍にいきなりあげられた経験がありますか?

規模が違いますよ・・・
Posted by captain at 2007年09月25日 16:51
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ピーウィーさん
コメントありがとうございます。
長文で失礼いたします。

今の日本でも道路を無断占拠するような集会は認められていないと思いますが・・・。治安当局は自宅内の集会は認めていたそうですが、何故スーチー女史は路上集会にこだわったんでしょうね。
旅行中、スーチーさんの家の前まで行きましたが、すっごい豪邸でした。自宅内で十分集会できる場所と思います。

1988年のクーデター以前の軍政府(ネ・ウィン政府)は確かに軍の一党独裁制でした。しかし現在はスーチー女史のNLDを含む十前後の政党が存在します。この件だけをとっても民主化の推進したと言えませんか?

また、1990年の選挙ですが、民主的で正当な選挙だったのでしょうか? ネ・ウィン政府は1974年に軍の一党独裁制を機軸とする憲法を制定しました。当然、一党独裁制の下で選挙は行われませんでした。
1988年のクーデターの目的の一つに、複数政党制による選挙の実施があげられていました。実際、クーデター成立後に1974年憲法は廃止され、1990年に選挙を実施しました。

ここで問題なのは、憲法を廃止したのは良いけれど、新しい憲法ができていないのに選挙を行った事です。選挙では485人の議員を選ぶ事が決まっていましたが、485人の根拠は??? 1院制なのか2院制なのか??? 議院内閣制なのか大統領制なのか???
国家の仕組みが全く決まっていない状態で選挙を行ったのはクーデター政府(現政府)の過ちだったと思います。

また、選挙結果は485議席中392議席、実に8割がNLDです。記事にも書きましたが、スーチー女史はクーデター以前の28年間、ミャンマー国内で政治活動はおろか、生活さえしていませんでした。そのような人が全体の8割の得票を得るのは、不自然ではないでしょうか。

政権委譲に関しては一部誤解されています。軍政府は「政権委譲を拒んだ」のではなく、「憲法制定前の政権委譲を拒んだ」のです。
先にも書きましたが1988年以降、ミャンマーは憲法がない状態です。議会運営方法や権力のチェック機構(日本でいう三権分立)が無い状態で8割の議席を持つ政党が君臨した場合、再び独裁制を始める可能性があります。
最低でも権力のチェック機構を憲法で明記する必要があると思います。

憲法制定のプロセスは現在でも進められています。選挙直後から選出された議員をはじめ、700名ほどで国民会議を結成し、新憲法制度を審議してきました。もちろんNLDの参加していましたが、1995年のスーチー女史軟禁解除後に一方的に脱退しました。
国民会議としては2007/9/3にすべての審議を完了しました。順調にいけば2007年中に憲法草案ができる予定でしたが・・・最近のデモの影響でどうなることやら・・・。

ピーウィーさんに質問ですが、「経済政策の失敗」というのは具体的に何を指していますか?
GDPだけを見れば、1992-1995年に7.5%、
1996−2000年に8.4%、2001-2004年に12.4%の年平均伸び率を見せています(外務省HPより)。
お手数ですが、ご教示いただけると幸いです。

長々と失礼いたしました。
Posted by そら at 2007年09月26日 00:06
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captain さん
コメントありがとうございます。

私もバスの運賃を突然2倍にしたのは問題だと思います。
しかしながら石油価格の高騰はミャンマー政府がコントロールできる問題ではありません。
石油を使った製品・サービスへの値上げは避ける事ができないはずです。
私は今回の値上げそのものには一定の合理性があると思いますが、値上げの方法に問題があったと考えています。
今回の場合、事前通告をした上で段階的に運賃アップをするなどの方法をとるべきだったと思います。

首都移転の時もそうでしたが、今のミャンマー政府は重要事案を突然実行する傾向があります。
「何故それが必要なのか」「どうしてこの時期にやるのか」といった説明をミャンマー政府は怠っているように思います。

現在、原油価格はUS$ベースで5年前の約4倍になっています。
また為替変動の影響や車体の燃費の違いもあるので「運賃が2倍」というのが妥当かは、私には判断できません。
ヤンゴン市内のバスは10〜20年物の中古車が多く、お世辞にも燃費が良いとは言えません。
運賃に占める燃料費の割合は日本よりかなり高いと思います。


「ある日万札が使えなくなった」というのは廃貨のことですよね。
ネ・ウィン政府は1964,1985,1987年の3回、流通している紙幣の一部を突然廃止しました。
仰るとおり「ある日万札が使えなくなった」という状態です。
当然、許される行為ではありません。
ここで忘れてはならないのは、ネ・ウィン政府は1988年のクーデターにより、現在のミャンマー政府に打倒されたと言う事です。

同じ軍政府でも、ネ・ウィン政府時代のミャンマーは一党独裁社会主義国家でした。
現在のミャンマー政府は軍政ですが、独裁ではありません。
NLDはじめ、複数の政党が存在している事が何よりの証です。

私はネ・ウィン政府を支持するつもりは全くありません。
しかし現在のミャンマー政府は、ある程度評価できる政府だと思います。
一党独裁体制を崩し、独自の民主化プロセスを作成・実施し、経済的にも社会主義から資本主義への転換を実現させました
確かに、事前説明を怠る傾向はあります。
しかし1988年のクーデター以降、現政府の実績は着実に上がっていると思います。

captainさんのお考えは如何でしょうか?

Posted by そら at 2007年09月26日 02:02
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体験にもとずく貴重な情報とミャンマーの民主主義への経過が大変参考になりました。ちょうど日経平均が歴史的暴落を開始する直前に一日でおきたミャンマーでのガソリン価格暴騰以後注意深く見ていました。今後我々を含め世界中で襲いかかるであろうハイパーインフレーションが具体的にどのようなものになるのか良い先例になると考えています。
原油に代表される資源や食料価格の高騰はアメリカ及び世界を牛耳るロックフェラーによるドルの原油本位制の崩壊、基軸通貨としてのドルの崩壊、ただ刷り続けられるだけのドルに引きずられて下落するしかないドルペッグ制通貨、それに伴う素材インフレが原因だと思うのでミャンマー政府にはどうすることも出来ず軍政府に抗議して暴動を起こすのは本当は筋違いだと思います。アジアで最初に上がった物価上昇による民衆の大きな悲鳴として大きな意味があると思います。
今の物価上昇の惨状を生んだのも自由民主主義をかたくなに利益追求を推し進めるグローバリストどもであり暴動を利用して政府転覆を目論むのもスーチー女史のバックにいる同じグローバリストであり資本家である事を思うとミャンマーの民衆や僧侶は利用されている事に気付いて頭にこないのでしょうか?
アメリカ主導の資本主義経済は崩壊に向かいつつあり貧しくて敬虔な仏教国でポッと出のスーチー女史がこれだけ担がれ自由民主主義が広まれば今がおそらく頂点なのでしょう。実際ミャンマーでもブッシュ再当選のようなインチキ民主主義が断行されていたことが分かって大変参考になりました。しかし結局は今回の暴動の末路は軍部の力を強めるだけの結果になるのではないかと個人的には思っています。
日本も近い将来借金まみれの赤字国債が売られて同じような物価上昇が襲い掛かると思います。それに前後して預金封鎖と統制経済が決行されるのでしょう。そうなると日本でも闇レートが登場すると思いますが具体的にどういったかたちで取引されるのか想像するのに闇レートの記事大変参考になりました。ありがとうございました。今のうちに自己防衛しとくしかないと思うのは僕だけでしょうか?
Posted by NST at 2007年09月28日 18:18
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NSTさん
コメントありがとうございます。
返事が遅くなってごめんなさい。

ミャンマーへ実際に行ってみると、多くの日本人が抱いているイメージとは全く異なる国である事を知りました。

このブログは旅行記を紹介するために設置したのであり、政治問題に触れるつもりはありませんでした。
しかし最近のミャンマーの騒動に対する報道を見ると、深い検証もせずに誤ったイメージをそのまま報道しているように感じました。

私の経験を紹介する事により、ミャンマーの実像を少しでも知って頂ければ嬉しいです。

書き込みありがとうございました。
Posted by そら at 2007年10月01日 02:20
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 こちらにも、意見を書きます。コメントをいただけたら嬉しいです。wikiでミャンマーのことを調べながら書いています。

(1)軍政府は「政権委譲を拒んだ」のではなく、「憲法制定前の政権委譲を拒んだ」

wikiには「1990年5月の総選挙ではNLDと民族政党が圧勝したが、軍政は選挙結果に基づく議会招集を拒否し、民主化勢力の弾圧を強化する。」とあります。議員が決まったのに議会招集を拒否したのであればなんのために選挙だったのでしょうか。

(2)憲法がないのに選挙するのはおかしい?
 それでは憲法は誰が作るのですか?カンボジアでもイラクでも同じだったと思いますが、まず選挙をやって議会を開きその議会が憲法を制定して、再度その憲法に基づいて選挙を行ないます。普通はそういう方法をとります。憲法制定議会で多数政党ができてもなんの問題もありません。選挙で不正があったり選挙の方法がおかしいのであれば別ですが。選挙で多数を占めることを独裁とはいいません。前の衆議院議員選挙で与党は2/3の多数をとりました。これは参議院の決定を覆すことができるのであなたのいい方ですと、「独裁」ということになります。国民が選んだ選挙を独裁と言えばそれは民主主義そのものを否定することになる。この点はよくお考えください。
 独裁政権が憲法を作ると自分に都合の良い憲法をつくるからうまく行きません。今回の憲法草案がどういうものか知りませんが、日本国内のミャンマー人は「独裁政権を維持することを前提にした憲法草案」とインタビューで答えていました。ミャンマーのクーデター政権は隣国タイでも軍事クーデターを誘発していますが、タイの軍事政権はすでに新憲法を国民投票に付して総選挙へと向かっています。ミャンマーの軍事政権の行程表は遅々として進まずまだ草案ですか。いつになったら総選挙になるのやら.....

(3)「現在のミャンマー政府は軍政ですが、独裁ではありません。NLDはじめ、複数の政党が存在している事が何よりの証です。」
 あなたは政権ということがなにを意味するのかご存じない。その複数の政党が現在の政権が成立することに関与しているのですか?政党があるだけで独裁でないのなら、中国もずっと前から少数政党がありましたよ。
 サッカーにはルールがあって、そのもとで2つのチームが戦うから勝敗が決まります。スタンドに何チームいようが、フィールドに1チームしかいなければそれは試合とは言いません。試合に勝った(政権を取った)と言っても話になりません。
Posted by のんき at 2007年10月02日 01:54
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のんき さん
返事が遅くなって申し訳ありません。

だいぶ感情的になられているようにお見受けします。
まずは落ち着いてください。

論点が多岐にわたっているので、それぞれについて私の思うところを書きます。
長文になったので複数のコメントに分割させて頂きました。
また申し訳ありませんが、私には のんき さんが何を主張されたいのか理解できなかった点もあります。
改めてご説明頂けると幸いです。


【政権委譲】
例えば1990/4/13のキン・ニュン第一書記の演説で「選挙が終わるやいなや早急に政府を樹立する事は出来ない。まず国民の希望に従って憲法を起草せねばならず、しかる後に憲法に従って政府を樹立しなければならない」と発言しています。
また総選挙後の1990/7/27に行われた情報委員会の記者会見でも同じ趣旨の発表がされています。
のんき さんが何処のwikiを参照されているか存じ上げませんが、一般論としてwikiの記事がすべての事象を網羅している保証はありません。
また、
http://travelunderasiansky.seesaa.net/article/58133936.html
こちらの記事にも書きましたが、現在ミャンマー政府の民主化プロセスは2003年制定の「民主化のためのロードマップ」に沿って実施されています。
ロードマップの最終段階は「議会による国家指導者の選出と新政府樹立」となっています。


【1990年の選挙】
改めて読み直して頂きたいのですが、私は「8割の議席を取ったからNLDは独裁である」と述べた事は一度もありません。
「クーデター以前の28年間、ミャンマー国内で政治活動はおろか、生活さえしていない」スーチー女史が、「8割の議席を獲得した」事に対し不自然だ、と書きました。
のんき さんの仰る「選挙で不正があったり選挙の方法がおかしいのであれば別ですが」のケースを疑っています。

選挙を実施するに当たり、公正を保つために第三者機関が選挙を管理します。
日本国内の選挙では選挙管理委員会が相当すると思います。
またカンボジアやイラクの選挙は国連が選挙管理事務所を設置しています。
しかし、ミャンマーの1988年の選挙はこういった第三者機関があったのでしょうか?
調べてみましたが、このような機関を見つける事が出来ませんでした。
もちろん私が調べ切れていないだけかもしれません。
ご存じでしたら教えてください。


【何のための選挙だったのか?】
私が1990年の一連の選挙騒動において、最も問題なのが「何の選挙か明確でないまま実施した」事だと思っています。
のんき さんは憲法制定議会だとお考えのようですが、事前の規定は何もありません。
憲法制定議会なのか? 恒久的な議会なのか? 憲法の制定方法は?
まさに「何のための選挙だったのか?」解らない選挙だったのです。


【憲法制定プロセス】
のんき さんの仰る「まず選挙をやって議会を開きその議会が憲法を制定して、再度その憲法に基づいて選挙を行う」方法を何故ミャンマー政府が行わなかったのか、と言う疑問に関して、私は明確に回答できる立場にありません。
ミャンマー政府の人間ではないのですから。

(続く)
Posted by そら at 2007年10月13日 21:12
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【独裁政権が憲法を作ると自分に都合の良い憲法をつくるからうまく行きません】
のんき さんが断言されている理由が文中から読みとれませんでした。
「独裁政権が憲法を作る」事が必ず「自分に都合の良い憲法をつくる」という事になる論理的な説明をいただけますか。
また、その結果が「うまく行きません」という根拠も併せて説明ください。
お手数ですが、よろしくお願いします。


【日本国内のミャンマー人へのインタビュー】
私はそのインタビューを見ていないので、インタビューそのものについてコメントは出来ません。
「日本国内のミャンマー人」さんが何を話したか解りませんが、憲法草案はまだ発表されていません。
本当に「独裁政権を維持することを前提にした憲法草案」と発言していたのですか?
また、のんき さんは「今回の憲法草案がどういうものか知りません」と書かれていますが、このコメントは「どういうものか知らない」上でのコメントというわけですね。
よくお調べになってからコメントして頂けると、より建設的な議論が出来ると思います。


【タイの軍事クーデター】
のんき さんは「ミャンマーのクーデター政権は隣国タイでも軍事クーデターを誘発しています」と書かれていますが、タイのクーデターにミャンマー政府が関与しているとは初耳です。
具体的にどのような関与があったかご説明いただけますか。
また、のんき さんは現在のタイを独裁政権とお考えなのでしょうか?
文中から読みとれなかったので説明頂けると幸いです。


【タイの憲法とミャンマーの憲法】
タイの憲法とミャンマーの憲法の制定過程を、単純に制定に要した時間で比較されていますが、それは無意味だと思います。
なぜなら、国によって抱える国内事情が異なり、憲法の内容で検討しなければならない項目が変わってくるからです。
検討項目が多ければ、当然制定に必要な時間は多くかかります。
タイは新憲法制定に当たり、たたき台となる1997年憲法が存在します。
一方ミャンマーは0から作り上げなければなりません。

他にも時間のかかる問題として、少数民族問題があります。
ミャンマーには135の民族が存在します。
これら民族に自治権を認めるようですが、地理的な線引きどうするのか? どのような権限を委譲するのか? といった議論がなかなか進まなかったようです。
ミャンマー全土から135の民族を集めたり、各出身地で民族内の協議を繰り返せば時間がかかるのも当然だと思います。



【現在のミャンマーは独裁か?】
のんき さんは「複数の政党が現在の政権が成立することに関与しているのですか?」と書かれていますが、この「政権」という言葉が「行政府」を指しているのか「議会」を指しているのか曖昧で発言の本意がわかりませんでした。
仮に「行政府」を指しているとしたら、のんき さんの発言は「行政府に複数の政党が参加していなければ独裁」ということになります。
ということはアメリカをはじめ、2大政党制をとる国は行政府を一つの政党で占めているため、独裁国家という事になります。
そのようにお考えなんでしょうか?
「議会」という意味でしたら、国民会議は複数の政党が参加して議論しています。



【最後に】
2007年10月現在のミャンマーは民主主義国家ではありません。
しかしミャンマー政府は独自の民主主義移行プロセスを設け、民主化を推進しているのは事実です。

民主憲法の策定に時間がかかっているのも事実です。
しかし国によって文化・歴史・民族性など、様々な要素に違いがあります。
ある国で上手くいった制度を、別の国にそのまま移植しても同じ結果が得られるとは限りません。
世界とはそれほどシンプルに出来ていないと思います。

私はミャンマーの民主化はミャンマー人の手によって行われるべきだと考えています。
外国政府の介入による民主化実現は、見返りを求められる可能性が高いと思います。
イラク戦争においてアメリカが石油利権を手に入たように・・・。
ミャンマーには天然ガス・木材・農産物など、豊富な資源があります。
これらの資源は将来ミャンマーの発展のために使われるべきであり、外国を潤すために消費されるべきではありません。

私は政府の人間が軍人であるか、シビリアンであるかはさして重要視していません。
最も重要なのは「国民のための政治を行えるか」という点にあると思います。
民主化は確かに大事です。何度も書きましたが、現在のミャンマー政府は民主化路線を進めています。
しかしミャンマーの政治課題は民主化だけではありません。
農産物増産やASEAN加盟は、まさに現在の政府の成果であり「国民のための政治」だと思います。

もちろん、今回のデモ鎮圧で死者を出した事は重大な問題です。
しかしこれ口実に外国が介入し、今までミャンマー人の手によって進められた民主化政策を無にするのは、将来のミャンマー人のためになるとは思えません。

ミャンマー政府の過ちに対する抗議はもちろん必要です。
しかし抗議だけでなく、ミャンマー政府の挙げた成果に対する評価も行うべきだと私は思います。



以上、長々と失礼しました。
Posted by そら at 2007年10月13日 21:14
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そらさん、コメントありがとうございます。
そらさんの主張についてコメントします。
(1)1990年の総選挙でのNLDの圧勝は、不正選挙による結果だという疑いがある。
 その理由は
(a)「28年間ミャンマーで政治活動はおろか、生活さえしていない」スーチーさんがNLDの代表になり8割の議席を獲得するほどの支持が集まるのはおかしいから。
(b)国連機関などの第三者に選挙管理、選挙監視がおこなわれたという情報が無い。この2点です。しかし、これらは犯罪で言えば背景にすぎず犯罪事実ではありません。選挙管理は現政権の国家法秩序回復評議会SLORCが行なったのですから、もし選挙犯罪があるのであればSLORCに摘発責任があります。そしてSLORCにとっては犯罪があるのであれば選挙を無効にできるので好都合のはずですが無効にしてませんよね。現政権も主張していないことをそらさんは主張しています。現政権以上に強硬な主張をしている日本人ということになるのでとても不思議です。
 
 そらさんが提起した選挙の不正疑惑はなんら具体的なものがなくそれで犯罪があったと主張することは当事者が日本人や日本の政党ならなんらかの措置をとられると思います。具体的な不正の疑惑を書いてください。

(a)について
☆「クーデター以前の28年間、ミャンマー国内で政治活動をしていない」あなたは書いていましたね。現政権は前政権より進歩していると。前政権は軍事独裁政権で政党の存在も許されなかったが現在は多くの政党があると。政党が無い時代に政治活動をしていなかったと非難しています。
☆「28年間国内で生活もしていなかった」
 スーチーさんの略歴を見れば分かりますが1960年に生まれ15歳の高校生のときに母親がインド大使としてデリーに赴任したのでインドに移ります。父は暗殺されておらず母しかいないのに、一人で国内に残らなかったのはまるで国を捨てたことだいわんばかりに批判する。国の為に親が外国にいくとき未成年の彼女はひとりで国に留まるべきだったということですか?日本人でも政府関係に限らず親の仕事で帰国子女となる子供は沢山います。彼らは日本に住んでいなかったとして帰国後に政治活動をすると批判されるんですか?
 スーチーさんはインドでデリー大学を出ます。高校時代をインドで過ごしてインドの大学に進学するのはミャンマーの教育事情を考えればこれもきわめて自然なことです。そしてオックスフォード大学を出てロンドン大学助手になります。インドもビルマと同じイギリスの植民地だったわけですからこのインドとイギリス生活を縁のない外国ぐらしと見る人は少ないのではないでしょうか?そして国連職員などを経て1985年から1986年には京大の研究員にもなっています。この経歴を見れば民主主義を掲げる人々にとって待望の人ではないですか?京大関係者だって彼女が大統領になるのであれば歓迎すると思います。それがNDLに政権委譲すると独裁になる可能性が高いから軍事政権が選挙結果を拒否したのは正当だと...ビルマ建国の父の娘のこの経歴をミャンマー国民がずっと憧れて見ていたことは容易に想像できます。1988年に母の病気見舞いに帰国した彼女をこの年に起きた大規模な民主化運動の中で国民の期待を一身に背負ってNLDの大躍進となったことも当然の成り行きだったと外から見ても思えるのですが。ミャンマー国民とくに、1988年に命をかけて立ち上がった大学生たちと国民にとっての希望である彼女をそこまで毛嫌いする理由はなんなんでしょうか?
 (b)についてですが「選挙自体も、事前の選挙運動に対する厳しい規制と介入を除けば、投票当日の中立性の保持、開票の公正さにおいて問題は全く生じませんでした。一部とはいえ、外国人ジャーナリストも開票場に入り、インタヴューをおこなうことが許されたほどです。」という記述がネット上にあります。一部とはいえ閉鎖的なものではなかったようです。国連が選挙に関与するのは国内が分裂して異なる勢力が戦争状態にあったなど、統一政権が崩壊して統治組織が機能していないか弱い場合で、その政権の要請があったときだと思います。この選挙を管理していた現政権が国連に要請をしなかったので国連が動かなかったと思います。
 (2)以下は後にします。
Posted by のんき at 2007年10月22日 07:49
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のんきさん
だいぶ冷静になられたようで安心しました。

まだ続きがあるようなので、このコメントに対する私の見解はのんきさんの意見をすべて伺った上で述べたいと思います。

ただ一点残念な事があります。
最初にのんき さんが書かれたコメントに対し、私は前回のコメントで「のんき さんが何を主張されたいのか理解できなかった点もあります」と書きました。
今回の のんき さんのコメントを拝見しても「理解できなかった点」は何一つ解決されていません。

もちろん続きのコメントでこれらの説明をされると思いますが、元の質問と回答が離れてしまうと他の閲覧者が読みにくくなるかと思います。
ですから、ここで私が のんき さんへ投げかけた質問を再掲させていただきます。
最初にのんき さんが書かれた意見を詳しく説明して頂けませんか。
不明確のまま論点が移ると、せっかく書かれた意見が無駄になってしまいます。
手間かもしれませんが、よろしくお願いします。

===
【独裁政権が憲法を作ると自分に都合の良い憲法をつくるからうまく行きません】
のんき さんが断言されている理由が文中から読みとれませんでした。
「独裁政権が憲法を作る」事が必ず「自分に都合の良い憲法をつくる」という事になる論理的な説明をいただけますか。
また、その結果が「うまく行きません」という根拠も併せて説明ください。

【日本国内のミャンマー人へのインタビュー】
「日本国内のミャンマー人」さんが何を話したか解りませんが、憲法草案はまだ発表されていません。
本当に「独裁政権を維持することを前提にした憲法草案」と発言していたのですか?

【タイの軍事クーデター】
・のんき さんは「ミャンマーのクーデター政権は隣国タイでも軍事クーデターを誘発しています」と書かれていますが、タイのクーデターにミャンマー政府が関与しているとは初耳です。
具体的にどのような関与があったかご説明いただけますか。
・また、のんき さんは現在のタイを独裁政権とお考えなのでしょうか?

【現在のミャンマーは独裁か?】
のんき さんは「複数の政党が現在の政権が成立することに関与しているのですか?」と書かれていますが、この「政権」という言葉が「行政府」を指しているのか「議会」を指しているのか曖昧で発言の本意がわかりませんでした。

Posted by そら at 2007年10月27日 03:54
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そらさん、貴方民主主義の基本お忘れでは、
根本を考えて下さい曲がりなりにも国民
選挙を以て選ばれた者に対し思想、経験云々を事由に自宅軟禁ですよ、何の為の選挙であったのか、貴方の様にどちらもどちらの世界ではありません、後追いの理屈は誰でも出来ます、どこぞの文献よりの抜粋詳細は現実的ではない、かく云う小生もこの4年間ほどほぼ月1のミャンマー出張こなしており云われるとおり国民の質の高さ、勤勉さにますます好きな国の上位となっております、それだけに人々の現在置かれている状況にジレンマを感じ得ません、丁度最高時の9月26日小生ヤンゴンでありデモ参加の僧侶、一般市民併せて100,000と成った由、逗留宿の目の前です
残念ながら100,001人目の勇気ある人がおりませんでした。
Posted by みらい at 2008年01月01日 16:03
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Tracked: 2007-09-28 05:24

軍政
Excerpt: ミャンマー僧侶デモ10万人に、軍政が「強硬措置」警告【Yahoo!ニュース】...(続きを読む) ミャンマーで反軍政デモ!(共同通信より転載)僧侶デモに市民が合流 ヤンゴンで1万数千人 【ヤンゴン2..
Weblog: 恋愛カタログ
Tracked: 2007-09-28 19:52

軍政
Excerpt: スー・チーさん封じ込め ミャンマー軍政 求心力低下狙う産経新聞【バンコク=菅沢崇】僧侶を中心としたミャンマーの反政府デモに対し軍政の徹底した弾圧が続く中、民主化運動指導者のアウン・サン・スー・チーさん..
Weblog: jcbカード
Tracked: 2007-09-28 23:20

ミャンマー政府をご紹介!
Excerpt: 激動のミャンマー(1)ミャンマー政府と軍事関係の強い中国、軍事政権を非民主制を厳しく批判するアメリカ、軍事クーデターから1年がたつ隣国タイではタクシン前首相の復活(影響力拡大) が起きている。これから..
Weblog: これ面白い!
Tracked: 2007-09-29 05:46

二人合わせてミャンマーだきみとぼくとでミャンマーだーヤン坊マー坊天気予報動画
Excerpt: ちょっと洒落てみました。w ミャンマーはもとはビルマと言いました。日本軍が占領,しかし,終戦で引き上げ。日本兵の何人かは僧侶となって死んだ仲間の供養に残ったという話は「ビルマの竪琴」として小説に..
Weblog: 楽器が大好き
Tracked: 2007-09-29 11:08

ミャンマー政府
Excerpt: 軍隊は国民を守らないミャンマー政府を影で支援していたらしい中国の対応が気になります。 otama お玉、FC2政治ブログランキングに登録してます。いろんな人に憲法と平和を語りたいから、あんまり過激な事..
Weblog: 最新ニュース記事特集
Tracked: 2007-09-30 19:37

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